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西信之(教授) 分子研リポート2001 | 分子科学研究所

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Academic year: 2018

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100 研究系及び研究施設の現状

3-4 電子構造研究部門

基礎電子化学研究部門

西   信 之(教授)

A -1)専門領域:クラスター化学、電子構造論、物理化学

A -2)研究課題:

a) 分子クラスター磁石化合物の合成とその磁性、電子状態、構造の解明 b)液体中でのクラスター形成による局所構造の発生と“ Micro Phase” の生成 c) 溶液中の有機分子およびクラスターのイオン化過程と構造・溶媒配向緩和

d)分子クラスターイオンにおける分子間相互作用と電荷移動・エネルギー移動ダイナミックス

A -3)研究活動の概略と主な成果

a) 今年度は,高温分子磁石の開発研究にとって画期的な年であった。まず,ジクロロメタン溶液中の(C5H5C o(C O)2)の 光化学反応によって,コバルトセン(C5H5C oC5H5)を主体としビコバルトセン(C5H5C oC5H4-C5H4C oC5H5)などのコ バルトセン誘導体を含む混合常磁性マトリックス中に生成した,CoxCyHz (x = 3,4,5) クラスターの磁化率を測定し た。この系では,10 K より低温で磁化率が急激に立ち上がり,ブロッキング温度が5 K の単分子磁石が実現している ことが明らかになった。ヒステリシス曲線は,ループを重ねるごとに,初期磁化曲線が示す値よりも高いレベルで一 定のループに収束し,初期ループが示した220ガウスの保持力は半分の値に収束してしまった。しかし,明確なヒス テリシス曲線の観測は,CoxCyHzクラスターが単分子磁石として機能していることを示した。そこで,可能な限り単 成分の分子磁石を合成するために,C o4(C O)12のジクロロメタン溶液に300 nmより長波長の光を照射することによ り,質量数 344の C o4C8H12を主体としこれにメチレンあるいはメチル基が付加した化合物を含む物質を得た。この 物質のスピン反転ブロッキング温度は交流磁化率の測定から 16 K と見積もられ,ヒステリシス曲線は,保持力 280 ガウスを示した。このような低分子が分子磁石になり,ある程度の保持力を示すのは驚きである。スピン反転ブロッ キング温度を更に高温とするためには,このクラスター分子骨格を繋いでスピン量子数を大きくし,且つ異方性を 増さなければならない。これを実現するために,耐圧容器を用いてC o4(C O)12のジクロロメタン溶液を摂氏150度か ら 210 度で反応させ,ナノ粒子集合体を得た。この物質のコバルト:炭素比はほぼ1:2であったが,1:1の生成物 も見られた。フラッグメントの質量分析から水素原子が炭素あるいはコバルトに付加していることがわかった。前 者の試料の磁化率の温度変化を測定したところ,反応温度が高いほど高温側の値が増加し,210度で反応させた物質 は極低温から室温に至るまで,ほぼ同程度の磁化率,即ち磁化率の減少がほとんど見られないという結果を示した。 この物質は,低温ではゼロ磁場付近と4テスラ付近の2カ所で磁化の増大を示すという「フェリ磁石」的なヒステリ シス曲線を示したが,室温では強磁性成分と常磁性成分の混合物としてのヒステリシス曲線を示した。磁化率の温 度変化を注意深く検証した結果,18 K 以下で磁化率が一旦減少し 5 K 以下で再び上昇することから,強磁性分子で ある第1成分を囲む第2成分が 18 K 付近で強磁性−常磁性相転移を示すと考えられる。300 K での保持力と 1.8 K での保持力は 250 ガウスと一定であった。また,残留磁化もほとんど温度依存性が見られなかった。ただし,飽和磁

(2)

研究系及び研究施設の現状 101 化はダイナミックに変化する。このような現象は,温度の低下とともに磁区が大きくなり,保持力が大きくなる,金 属あるいは金属微粒子とは大きく異なる点である。このような温度が変化しても保持力および残留磁化が変化しな いという現象は,井上グループが開発した不斉分子磁石[C r(C N)6][Mn(s)-1,2-diaminopropane (H2O)](H2O)においても 5 K から 36 K で観測され,磁区が1分子に局在し,温度によって磁区の大きさが変化しない「分子磁石」に特有な性 質であると言える。また,分子クラスターのサイズが大きくなるにつれてブロッキング温度は上昇するが,保持力お よび残留磁化に大きな変化が見られないのは,分子磁石の保持力を決めている要因が基本骨格構造にあるのではな いかという可能性を示唆しているが,磁性発現の本質に係わる物理的に重要な新たな研究テーマを与えてくれてい る。尚,空気中で長期間安定な常温分子磁石の実現は,世界で初めての成果である。

b)2種類の液体を混ぜ合わせたときに,界面相が見えなければ,2種類の液体は一様に混合しているとみなすことが ある。しかし光の波長よりも短い分子の世界でも,2種類の液体分子は均一に混ざっているのだろうか。このような 基本的かつ教科書的な問題について,ラマン分光法および理論計算を用いた研究を進めている。これまでの研究か ら,水とアルコールとの混合では分子レベルで相分離を起こし,均一には混ざらないことを示している。これは,酢 酸と水,酢酸とアルコールの混合溶液についてもあてはまり,酢酸のモル比が0.001においても,酢酸は酢酸分子同 士,水素結合性溶媒は水素結合性溶媒分子同士で会合体を作り,分子レベルでは均一に混ざりにくいことがわかっ た。一方,アセトニトリルなどの非水素結合性極性溶媒と水素結合性溶媒との混合では,水素結合性溶媒分子は単量 体に解離し,分子レベルでも均一に混ざることがわかった。これらの結果から,我々は次のような分子レベルでの混 合の経験則を提案した。『水素結合性溶媒同士の混合では,片方が過剰量存在しても分子レベルでは均一に混ざりに くいのに対し,水素結合性溶媒と非水素結合性極性溶媒との混合では,非水素結合性極性溶媒が過剰量存在すると, 水素結合性分子の結合は解離して均一に混ざり合う傾向にある』。これは,水素結合性溶媒同士の混合では異分子の 水素結合ネットワークに入りこむよりも,自分達で集まった方が全エネルギーとして有利であることを示唆してい る。このような両親媒性溶媒中における混合状態のミクロな差の原因を究明することにより,混ざることの本質が 見えてくると考えている。

c) イオンを取り囲む溶媒分子の超高速緩和を明らかにする研究を進めている。本年度は,光イオン化によって生成し た芳香族カチオンの超高速ダイナミックスを時間分解吸収分光法を用いて観測し,溶媒和イオンの形成過程を検討 した。無極性溶媒中においては,生成した芳香族カチオンの吸収はサブピコ秒の時定数で減少し,光電子と親カチオ ンのgeminate recombinationを観測していると考えられる。一方,極性溶媒中においては,サブピコ秒領域でカチオン の吸光度が減少した後,ピコ秒領域で吸光度が増加する新たな現象を観測した。吸光度の減衰は,geminate recombina- tionに由来し,極性溶媒中においても再結合が起こることを示した。フェムト秒領域では溶媒和が十分に形成されて いないため,極性溶媒分子によるクーロン力の遮蔽効果が小さいためであると考えられる。昨年度の時間分解ラマ ン分光法を用いた研究において,振動エネルギーが溶媒に散逸し,溶媒和構造が乱れることで,カチオンの電子遷移 モーメントおよび共鳴ラマン強度がピコ秒変化するモデルを提案している。今回観測したピコ秒領域の吸光度の増 加は,上記のモデルを支持している。この結果は,多光子で生成したカチオンは,余剰エネルギーの散逸によって,10- 20 ピコ秒の時定数で溶媒和されることを意味する。

d)溶液中のイオン会合体の構造と関連して,水と蟻酸混合クラスターの気相イオントラップ赤外レー ザー分光と B 3L Y P/6-31++G(d,p)レベルによる理論計算を行った。その結果,H

+•(HCOOH) n•H2Oクラスターにおいては,n = 3ま では HC OOH2

+

がイオンコアを形成するが,蟻酸が多くなりn が 4を越えると H3O

+

がコアを形成することが明らか になった。

(3)

102 研究系及び研究施設の現状 B -1) 学術論文

T. NAKABAYASHI, H. SATO, F. HIRATA and N. NISHI, “Theoretical Study on the Structures and Energies of Acetic Acid Dimers in Aqueous Solution,” J. Phys. Chem. A 105, 245 (2001).

K. KOSUGI, Y. INOKUCHI and N. NISHI, “Charge Transfer Interaction in the Acetic Acid-Benzene Cation Complex,” J. Chem. Phys. 114, 4805 (2001).

Y. INOKUCHI and N. NISHI, “Photodissociation spectroscopy of benzene cluster ions in ultraviolet and infrared regions: Static and dynamic behavior of positive charge in cluster ions,” J. Chem. Phys. 114, 7059 (2001).

T. NAKABAYASHI, S. KAMO, H. SAKURAGI and N. NISHI, “Time-Resolved Raman Studies of Photoionization of Aromatic Compounds in Polar Solvents: Picosecond Relaxation Dynamics of Aromatic Cation Radicals,” J. Phys. Chem. A 105, 8605 (2001).

T. NAKABAYASHI, N. NISHI and H. SAKURAGI, “Photochemistry of Photochromic Benzopyrans Studied by Time- Resolved Absorption Spectroscopy,” Science Progress 84, 137 (2001).

B -4) 招待講演

N. NISHI, “Cluster Formation of Waters and States of Solutes in Aqueous Solutions,” COE Symposium on Ultraprecision Science and Technology for Atomistic Production Engineering—Creation of Perfect Surface—, Osaka, March 2001. N. NISHI, “Microscopic Phase Separation of Solutes in Hydrogen Bonding Solutions and Photochemical Synthesis of Organometallic Magnetic Compounds,” Indo-Japan information Exchange Seminar, Bangarole (India), January 2001.

西 信之 , 「光による有機金属クラスター分子磁石の創成」, T he 13

th

S ymposium of Material R esearch S ociety of J apan, K anagawa S cience Park, 川崎 , 2001 年 12月 .

中林孝和、西 信之 , 「水の中のクラスター」, 日本食品科学工学会第 48回大会 , 高松 , 2001年 9 月 .

T. NAKABAYASHI and N. NISHI, “Time-Resolved Raman and Absorption Studies of Photoionization of Aromatic Compounds in Polar Solvents: Ultrafast Relaxation Dynamics of Ions,” The 9th Japan-Korea Joint Seminar on Molecular Science, Okazaki (Japan), January 2001.

中林孝和, 「水酸基を持つ液体の局所構造と分子レベルでの混合状態の経験則の提案」, 分子研研究会「分子科学から見 た 21 世紀の溶液化学」, 岡崎 , 2001年 5 月 .

中林孝和 , 「液体の構造化学:回折法と振動分光法を用いた最近の研究とこれからの展開」, 液体の化学夏の学校 , 草津 , 2001 年 8月 .

B -5) 受賞、表彰

西 信之 , 井上学術賞(1991). 西 信之 , 日本化学会学術賞(1997).

B -6) 学会および社会的活動

日本化学会先端ウオッチング実行委員 . 文部科学省、学術振興会等の役員等

日本学術振興会専門委員 .

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研究系及び研究施設の現状 103 B -7) 他大学での講義、客員

岡山大学 , 大学院特別講義「クラスター化学」, 2001 年度後期 . 名古屋大学 , 特別講義「クラスターの化学」, 2001 年度後期 .

C ) 研究活動の課題と展望

今年度はスピン反転ブロッキング温度が5 K の系から始まり,遂に300 K を遙かに越えるCoxCy(= 2x)Hz分子磁石の開発に成 功した。詳細は,特許手続き中である。実用的には,クラスターの混合物であっても問題はないし,サイズ分布があるからこ そ,大きな強磁性分子が小さな常磁性分子の中に埋まって単分子磁石として機能している可能性が高い。このような状況 を,透過電子顕微鏡や強磁性探針を装着した S T Mを用いて観察する必要がある。最も大きな課題は,構造決定であろう。 このためには,やはり,特定種の単離が不可欠である。予備的なE E L S 観測では,C o同士の直接の結合によるスペクトル線 の分裂や幅の広がりが見られないことからC o原子が炭素原子によって囲まれた構造をとっていること,更に電子線回折で は結晶性のリングパターンが観測されていることなどから,粉末X線,中性子,固体NMRによる解析が有効であると判断さ れる。また,液クロによる分離を行える試料の合成が必要であり,炭素原子に長鎖の炭化水素を結合させて溶媒溶解能を高 めると同時に単分子特性を活かすシステムを構築しなければならない。新しく,極低温S T Mが導入されるので,これを活用 して分子磁石の磁性発現機構の研究を進めたい。

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